茂木さんがクリーニングショップを立ち上げたきっかけは?

原点となったのは、洋服の修理をする会社で生地や素材の特性について勉強や修行をしていたことですが、自分で事業を起こしたいという希望もあり、2007年にクリーニングショップ「LIVRER YOKOHAMA(リブレ ヨコハマ)」を起業し、2021年には2店舗目となる「LIVRER MISHUKU(リブレ ミシュク)」を東京・三宿にオープンしております。

通常のクリーニングショップといえば「ワイシャツやスーツを中心に大量の洋服を受け取り、洗濯をしていく」というイメージもあるかと思います。しかし、リブレ ヨコハマがクリーニングのなかでも得意とするのは、劇団四季さんやシルク・ドゥ・ソレイユさんの舞台衣装など、複雑かつ繊細な生地で構成された衣装のクリーニングになります。

お仕事をいただいたきっかけには、横浜という地の利もありましたが、私自身がクリーニングショップを起業した際に、ルーティンの仕事を日々こなしていくよりも、「積極的に色々な衣装に関わり、洗濯技術を高めていきたい」と考え、洗濯が困難な舞台衣装のクリーニングにのめりこんでいきました。

茂木 康之さん

LIVRERでは環境に配慮したクリーニングにも取り組んでいますが、その理由は?

私はサーフィンが趣味ですが、サーフィンを20数年していると、昔の海と今の海の状況が全く違うことを肌で感じています。千葉北は全国でも人気のサーフスポットですが、海水温が段々と上がってきていますし、川の河口近くの海に行くと、生活排水でウェットスーツ自体に匂いがしみつくようなところもでてきました。

このような体験もあり「自分たちの関わっている仕事では海洋を汚したくない」と環境に対して考え始めるのは当たり前の感覚でしたね。

もう1つの大きなきっかけとしては、ドライクリーニングで使用していた石油がリーマンショックにより高騰したことで、限りある資源である石油を使い続けることに不安を感じたことです。

水洗いでの洗濯の可能性を模索した結果として、環境にも配慮して汚れもしっかりと落ちる洗濯用洗剤の開発に辿りつきましたが、今現在、LIVRERではコート類やニット類も含めて、全体の8割は水洗いで対応が出来ています。

いま取り組んでいる・注力していることは?

大丸松坂屋さんが運営している「AnotherADdress(アナザーアドレス)」という、サブスクリプション型ファッションレンタルサービスにおける、クリーニング業務を一挙に引き受けて、クオリティコントロールをしています。

届いた服が汚れているor汚れが落ちていない、クリーニング後に溶剤の匂いがする、といった嫌な思いを利用者の方にさせないためにも、我々がどうやったら良質なクリーニングを量産できるのか、お手伝いをさせていただいています。

また、2021年にはアパレルブランドのパタゴニア(Patagonia)さんにもお声掛けをいただき、スノーウェアのレンタルプログラムのクリーニングを我々が引き受けました。パタゴニアさんは取引先企業の環境対応や社会貢献活動などに対して、非常に厳しい基準を設けている会社でしたが、我々も100以上の項目にわたるアンケートを経て、契約に至りました。

自分たちの考えやポリシーに基づいて行動してきたことが、環境活動や社会貢献活動、エシカル消費やSDGsと言われるものにつながってきました。また、それらをきっかけとして、今では様々な企業や個人ともつながれていることは、クリーニングショップとしても画期的だったと感じています。

消費者に特に理解してもらいたいことを教えてください。

「正しい洗濯・クリーニングをしなければ良い服は長持ちできない」という考えを、我々は当たり前のように持っていますが、一般の消費者の方々に対しては、まだまだ浸透仕切れていないのが現実だと思います。

また、「どんな洋服でもクリーニングに出します」という方も一定数いらっしゃいますが、その考え方も違うと思っています。

例えば、ダウンジャケットを家で洗おうとしていただけると分かると思いますが、ダウンジャケットは繊維の中に羽毛が入っているため、きれいに洗って、ダウンをふんわりさせるには、いくつかのポイントがあります。服の形が崩れてもいけませんし、乾き切らなかったらカビになってしまう可能性もありますしね。

この事実を体現したことのある人が払うクリーニング代と、体現をしたことのない人が払うクリーニング代を、私は全く異なったものだと捉えています。経営の観点で言えば、タイムイズマネーと考えている消費者の方からお金をいただくことが正しいのかもしれませんが、私は洗濯をもっと楽しんでもらうと共に、クリーニングショップがしていることも知っていただければと考えています。

茂木 康之さん

人々が洗濯を楽しむようになれば、どのような変化が生まれるのでしょうか。

消費行動が変わっていけば、まずは消費者の暮らしが豊かになります。その結果としてアパレルメーカーも生き残れるし、クリーニングショップも生き残れる。良い循環が生まれるのではないかと思います。

正しい洗濯方法を知っていただければ、服も綺麗になって長く使えるようになります。また、服を買おうとした時に「洗濯の仕方=アフターメンテナンスが分からないから買わない」ということも減るでしょう。クリーニングショップに持ち込まずに済んだ分のお金をお食事など、別の消費行動に対して使っていただくのも良いですよね。

ただ、そのためには、アパレルメーカーや販売スタッフの方々の洗濯についてのリテラシーを向上させることも必要だと考え、セミナーなども行なっています。

自分が気に入っているブランドやお店を応援したい、という気持ちは多くの方が持っているかと思いますが、買うという消費行動が止まってしまえば、消費の循環は止まってしまいます。そうならないためにも、我々は一生懸命努力しなければならないし、新たな価値創造をしていかなければならないと思います。

今後の構想・取り組みたいこと・野望などは。

目指す道はクリーニング業界の地位向上ですね。また、若い人材がクリーニングショップで積極的に働いて、しっかりとお金を稼げたうえで店舗を持ったり、経営が出来たりするような環境を作っていければと考えています。

私は自分たちの仕事が多くのアーティストやアパレルブランドの方たちの助けになっていると思っていますし、それが仕事のモチベーションにもなっています。しかし、今の状況だと、大学を卒業して就職を控えた方が「クリーニングショップで働きたい」と言えない現状も理解しています。

一方で、我々はありがたいことに「LIVRERで働きたい」というお声を若い方たちからたくさんいただいております。この違いは何かと言えば、我々の考えているフィロソフィー・哲学に共感していただけるとともに、若い方たちがここで働く意義や理由を感じ取っていただけているのではないかと思います。

彼らに経験や知識を伝えると共に、ひとりで店舗を持つようになれば、地域に雇用も生まれますし、我々の思想を色々な人たちに伝えていただける。そうすれば、クリーニング業界の地位向上にもなりますし、消費者の方々にも、環境に配慮した取り組みをしていただき、更にはアパレルメーカーも生き残っていけるような、良い循環を生み出せるのではないかと期待しています。

茂木 康之

株式会社バレル 代表取締役 社長

横浜でクリーニング店「LIVRER YOKOHAMA(リブレ ヨコハマ)」、東京・三宿で「LIVRER MISHUKU(リブレ ミシュク)」を経営するかたわら、劇団四季、シルク・ドゥ・ソレイユ、クレイジーケンバンドなど国内外の有名アーティストの衣装クリーニングを行う。また、オリジナルのナチュラル洗剤も開発している。

毎日の洗濯を楽しくハッピーにするために活動をするプロ集団「洗濯ブラザーズ」としても、多数のメディアに出演している。

 

茂木 康之さん