中村純(玉川大学名誉教授)

はじめに

「アニマルウェルフェア」(Animal Welfare)とは、家畜を感受性ある存在として捉え、ストレスの少ない環境下で動物本来の行動ができる飼育環境を目指す考え方です。アニマルウェルフェアに配慮して生産された畜産物を選ぶことは「エシカル消費」の一環です。また、家畜への負担を減らすことで生産性向上や安全な畜産物の生産にもつながります。

アニマルウェルフェアは、肉や卵などの畜産物に限らず、私たちの日々の食卓を支える甘味料である、はちみつ(ミツバチの養蜂)にも関わりがあります。今回は、アニマルウェルフェアという観点から「養蜂」を考え、長年持続可能な養蜂に関する研究を続けてきた中村純さん(玉川大学名誉教授)にお話を伺いました。

ミツバチと周辺環境のつながりから考える、アニマルウェルフェアの新たな視点とその意義とは?

ミツバチを飼育して生産物を得る養蜂は畜産分野に含まれますが、他の畜産と異なり、命のやりとりの部分はありません。そのためアニマルウェルフェアの視点は養蜂分野ではそれほど意識されない一面があります。一方で、巣の周囲半径2~3kmという広い行動圏は養蜂家が監視・制御することはできず、周辺環境からミツバチが様々な影響を受けます。ハチミツの生産につながる蜜源植物の増殖には以前から高い関心が払われてきましたが、実はミツバチが年間を通じて花粉源植物を必要とすることへの理解が進んだのは比較的最近のことです。ミツバチが利用する植物資源は、自然生態系および農業生態系、さらには私たちの生活圏のあらゆるものに及び、その生物多様性の変動が、ミツバチの健康に大きな影響を与えます。

養蜂におけるアニマルウェルフェアを実現することによりミツバチの健康面での課題を解決することは、実は、ハチミツ生産への影響だけでなく、広く農業生産に直結しています。果樹や果菜類など受粉によって実を付ける作物はもちろん、収穫までに花を付けない葉菜や根菜などミツバチとは縁のなさそうな作物も、その種子の生産にはミツバチを必要としています。近年、アメリカではミツバチの大幅な減少や不健康が商業養蜂場でも大きな問題となっていますが、日本でも事情は大きく変わりません。これまでは自然とのやりとりで成立していた養蜂も、単にミツバチを飼育しにくくなったというだけではなく、ハチミツの収穫量はもちろん、将来にわたる農作物の持続的な生産への影響も懸念されます。蜂を健康に、活発にすることは、農業全体で重要であり、その観点も意識する必要があります。

アカシアハチミツの採れる豊かな自然

ミツバチとアニマルウェルフェア
蜂の自然な行動を尊重し、極力人間による介入を減らす、持続可能性を重視した飼育法「ダーウィン養蜂」というアプローチについて

ダーウィン養蜂は、進化医学(ダーウィン医学)に着想を得た、コーネル大学のトーマス・シーリー教授によって提唱されました。ミツバチの健康を損なう多種の問題は、ミツバチそのものの進化の過程で形づくられた生物としてのシステムが、新しい現在の環境に対応しきれていないことで起きているという考え方です。

本来、ミツバチは自立した生物であり、人による庇護がないまま、野生の状態で生きていけます(日本には野生のニホンミツバチが生息しています)。これを飼育する場面でも、彼らの本然に近い状態を提供すること、つまり、ミツバチのニーズを養蜂家のニーズよりも優先させることがダーウィン養蜂の基本になります。したがって、養蜂家が生産性を求める一般的な商業養蜂とはなじまない部分もあり、ダーウィン養蜂の実践が可能な範囲は小規模な趣味養蜂など、ある程度自然な営みに任せられる養蜂に限定されます。それでも、養蜂家の行為がミツバチに与えるストレスを可能な限り小さくするなど、商業養蜂の現場におけるミツバチとの関係の見直しには有効で、これが養蜂におけるアニマルウェルフェアの導入にもなっていきます。

≪コラム≫ダーウィン養蜂の具体的な方法(7つの原則)≫

シーリー教授は、著書『The Lives of Bees』(邦題『野生ミツバチの知られざる生活』)(2019)において、野生の蜂の巣環境に基づいた「7つの原則(主な指針)」を提示しました。

1、 地域に適応した蜂を飼う

2、 巣箱を離して設置する

3、 小さな巣箱で飼う

4、 断熱性の高い巣箱を使う

5、 雄蜂(オスバチ)の巣房を自由に作らせる

6、 巣の構造を維持する(巣箱の操作を最小限にする)

7、 ダニ駆除剤(殺ダニ剤)の投与を控える

女王蜂と働き蜂

ハチミツは、蜂の関わるすべての自然からの贈り物
豊かな自然に感謝の念を感じてほしい

ハチミツは、それを生産する養蜂家ですらその来歴を完全に語ることが困難なほど、多様度の高い周辺環境を反映した凝縮物です。一瓶のハチミツが、どのような環境があって成り立っているのかを考えてみませんか。「環境」を具体的に捉えにくい場合は、どんな景観の中で、どの季節に生産されているか、ハチミツの容器の向こう側を想像してみてください。加えて、果実や野菜などの農作物の多くがミツバチをはじめとする多様な昆虫の受粉という恩恵の下、私たちに届けられています。「いただきます」にそうした来歴への感謝を素直に込めてほしいと思います。

地域で生産されたハチミツは自分自身の住む環境からの贈り物といえます。その意味で地場産のハチミツを食べることは地産地消です。また、原産国の風景・自然環境を意識した上で輸入のハチミツを手にすることも、地球全体から考えるエシカル消費の実践につながります。

私にとってのエシカル消費:アニマルウェルフェアを考えるうえで大切なこと。それは、その生きものが本来どういう生き方をするのかを知り、その生き物が求める環境を、その生きものの視点で考えること

アニマルウェルフェアという面では、飼育の視点に引きこもらずに、その生きものが本来どういう生き方をするかを知ることが重要です。ダーウィン養蜂は、野生のミツバチの視点に立った問題解決の方法論としても高く評価されています。ヨーロッパ発祥のアニマルウェルフェアとは趣の差があるものの、他者の視点に立つことが比較的得意な日本人には、本来、生きものへの特別な感覚が宿っています。ただ、以前に比べて自然とふれあう機会が少なくなっているかも知れません。様々な生きものとの接点が多い田舎暮らしもお勧めのひとつです(地域振興にもつながります)。

養蜂の現場は情報の宝庫

中村純

玉川大学名誉教授(専門は養蜂学)。青年海外協力隊でのネパール派遣、その後のタイ留学で人生観、価値観が転換し、客員研究員として滞在したコーネル大学でシーリー教授に薫陶を受けました。また現職中に国内外の養蜂現場を見て回る機会にも恵まれ、養蜂を学術的な観点以上に知ることができました。現在は長野県佐久市の小集落で、多様な動植物に囲まれて暮らしながら、養蜂GAP(農業生産工程管理)の普及ほか、養蜂関連の啓蒙活動に努めています。