スーパーで並べられている牛、豚、鳥などのきれいにカットされ、パックされた食肉を見て多くの消費者が美味しそうと思うでしょう。
 当たり前のことですが、食肉は牛・豚・鶏などの動物を殺して得た肉であり、家畜を飼育する畜産が存在します。しかし、消費者は食肉が数日前までには生きていた動物であったことを忘れてしまいがちで、畜産の実態への関心は低いように思います。
 例えば、鶏肉は100グラム100円程度で買え、特売日などでは50円程度で売られていることがあります。いのち値段がなぜこれほど安いのでしょうか。それは生産効率を高めているからです。消費者が安い食肉を求めるなかで、生産者がコストを引き下げるために畜産、食肉加工の工業化が進み、設備費や人件費を極限まで減らし、効率最優先で生産を行っているからです。コスト削減のための効率が生き物を扱う畜産でも追求されており、多くの家畜は大量生産のための「畜産工場」とも言える閉所で飼育されているのが実態です。家畜は単なる産業動物(経済動物)として扱われ、動物らしい行動を抑制されて苦痛に満ち、かつ短い一生を送ることになります。

SAMSARA作成「食物連鎖」
SAMSARA作成「食物連鎖」 SAMSARA food sequence on Vimeo

また、物価の優等生と言われる卵。スーパーでは10個入りが200円程度で買え、特売日では100円近くの場合もあります。命の源が10~20円程度の価格です。これも生産者の努力もありますが、生産性が追及され、通常は年間30個くらいしか生まない鶏が品種改良(人間の利益にとっての「改良」)され、300個近く産むようになっています。こうした卵をより多く産ませるために品種改良された鶏は採卵鶏(レイヤ―)と呼ばれ、なるべく早く育って多くの肉が取れるように品種改良された食肉鶏(ブロイラー)とは種類が異なります。その結果それぞれは別の用途には生産性の点で向かないなくなっています。したがって、レイヤーの卵を孵化させて生まれてきたヒヨコのうち、半数は当然オスですが、卵を産みませんので、レイヤーにはできませんが、食用のブロイラーとしての飼育にも向きません。そこで、現在は生まれてすぐのレイヤーのオスはシュレッダーのような機械ですりつぶしたりして殺されているのです。そいうした事実を知って卵を食べている消費者は少ないでしょう。また、メスのレイヤーの多くはバタリーケージと呼ばれる狭い金網の箱に押し込まれ、ほとんど身動きできないなかで卵を産み続けるだけの一生を送るケースが日本ではほとんどです。卵を産まなくなるとようやくケージから出ることができますが、その時は廃鶏と呼ばれ、殺されるときです。

バタリーケージで飼育される採卵鶏(レイヤー) 写真提供 アニマルライツセンター
バタリーケージで飼育される採卵鶏(レイヤー) 写真提供 アニマルライツセンター

 消費者の権利に加え、消費者の責任が議論されています。豊かで便利な社会の裏側で犠牲になっているものに我々消費者は無関心すぎるように思います。食べ放題の焼肉や、しゃぶしゃぶが盛況ですが、それは、いのちの食べ放題、すなわち、いのちを好きなだけ殺しますということです。
 いのちを消費する者の責任として、こうした実態を見つめ、自らの消費行動を検証することもエシカル消費を考える上で重要な地位を占めるものと思います。

 アニマル・ウェルフェア(Animal Welfare)という概念があります。一般的に人間が動物に対して与える痛みやストレスといった苦痛を最小限に抑えるなどの活動により動物の厚生を実現する考えです。多くの動物は人間の利益のために動物本来の特性や行動・寿命などが大きく制限されていることが多くあります。こうした利用を認めつつも、動物の感じる苦痛の回避・除去などに極力配慮しようとする考えがアニマル・ウェルフェアです。その点で動物愛護と異なります。日本語では、「動物福祉」や「家畜福祉」と訳される場合がありますが、「福祉」という言葉が社会保障を指す言葉としても使用されていることから、農水省は、誤解を招くおそれがあるとして、家畜(産業動物)においては、アニマル・ウェルフェアを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義しています。
 ではどのような動物が対象になるのでしょうか
・愛玩動物・・・飼育者による動物の不完全な飼養により、飼育動物を無計画に繁殖させ、ときに劣悪な飼育環境を発生させる事例が問題となります。
・実験動物・・・生命科学試験では動物を使用しない方法に置き換え(Replacement)、利用する動物の数 を減らし(Reduction)、動物に与える苦痛を少なくする(Refinement)という 3R の原 則が促進されています。
・展示動物・・・基本的に動物が寿命を全うする最期まで飼育し続けること(終生飼育)が大原則です。また、動物園や水族館などの公の飼育施設では、動物の本性に配慮し、飼育や展示方法を見直す動きが活発化しています。
・野生動物・・・外来種を駆除する場合には可能な限り苦痛を与えない方法で安楽死させることが求められています。
・畜産動物・・・正常な行動が発現できない狭い囲いのなかで飼育することを避け、と殺においては極力苦しませない方法が求められます。毛皮利用においては、精巧なフェイクファーの登場などから控える傾向にあります。

 畜産動物の話をしてきましたが、動物の用途は多種であり、例えば、医薬品や化粧品の安全性を確保するための実験に利用される実験動物もたくさんいます。

 アニマル・ウェルフェアの目標ですが、畜産動物については、1922 年に英国の畜産動物ウェルフェア専門委員会が提案した「5 つの自由」が国際的に認知されています。
 現在では、家畜のみならず、ペット・実験動物等あらゆる人間の飼育下にある動物に適用されてきています。
・飢えおよび渇きからの自由(給餌・給水の確保)
・不快からの自由(適切な飼育環境の供給)
・苦痛、損傷、疾病からの自由(予防・診断・治療の適用)
・正常な行動発現の自由(適切な空間、刺激、仲間の存在)
・恐怖および苦悩からの自由(適切な取扱い)

 家畜は産業動物として人間の利益のために繁殖させられ、人間の利益が最大になるように飼育され、 消費者向け商品としてと殺され、商品となります。動物を殺して食するのは、人間が生きるためには当然という主張が一般的です。しかし、現在の効率最優先の工場畜産は動物の生き物としての尊厳を軽視し、単なる利益を生む出すモノとしてしか扱わない傾向がある中で、この5つの自由を確保すべきという考えが欧州を中心に支持されつつあります。

  工場型畜産を行わせているのは安い食肉等を求める消費者であり、私たちはスーパーの食肉が生きものであったときに彼らが人間からどのような扱いを受けてきたのかを知る必要があります 人間=食物連鎖の頂点と言われますが、人間は一方的に動物に対して「いのち」の略奪を続けており、世界中で人間の利益のために奪われている「いのち」の数は年間600億といわれています。意識・感覚を持ち、地球上に人間とともに生きる動物がどのような扱いを人間から受けているのかに消費者はもう少し関心を持つべきでしょう。
  最後に、環境問題(水・エネルギー消費、排泄物による汚染など)の視点から、人類は肉食を維持できないという指摘があることも述べておきます。

 



細川幸一

独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、アメリカ・ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、日本女子大学家政学部教授。内閣府消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。持続可能な社会のための消費者教育(エシカル消費)などを研究。

 

細川幸一